大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和62年(行ウ)51号 判決

大阪府堺市三条通3番10号

原告

上田邦治

右訴訟代理人弁護士

松原倉敏

右訴訟復代理人弁護士

清金慎治

大阪府堺市南瓦町2番20号

被告

堺税務署長 門脇利穂

右指定代理人

細井淳久

外3名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和60年9月27日付けでした原告の昭和57年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は,昭和57年4月1日中山秀雄から,株式会社サンクロレラ(昭和61年にインターナショナル薬効食品開発株式会社と商号変更。以下「サンクロレラ」という。)の株式19,350株(以下「本件株式」という。)を,1株あたり1,000円の対価で譲り受けた。

2  被告は,1株あたりの時価は2,500円であるから,相続税法7条の低額譲受にあたるとして,原告に対し,昭和60年9月27日付けで,課税価格を29,025,000円,納付すべき税額を15,531,200円とする昭和57年分贈与税の決定をするとともに,これについて1,553,000円の無申告加算税の賦課決定をした(以下,併せて「本件各決定」という。)。

3  原告は,同年11月14日,被告に対し異議申立をしたが,昭和61年6月23日付けで棄却されたので,同年7月14日,国税不服審判所長に対し審査請求をしたが,昭和62年6月5日付けで棄却された。

4  しかし,本件株式の時価は1株あたり500円ないし1,000円にすぎないから,本件各決定は違法である。

よつて,原告は,本件各決定の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。

三  被告の主張

1  相続税法7条は,低額譲受の場合には「当該対価と当該譲受があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額」を贈与税の課税価格としている。

2  右「時価」の算定方法につき,相続税財産評価に関する基本通達(昭和57年4月14日付直評5による改正前のもの。以下「評価通達」という。)178項の(2)のイ,184項,188項の(3)のイは,取引相場のない株式で,同族株主のいる会社の株主のうちの同族株主以外の株主の取得した株式の価額については,別紙(一)のとおりの配当還元方式を規定している。

3  本件株式は,取引相場のない株式であり,サンクロレラは,同族株主のいる会社であって,原告は,同族株主以外の株主であった。本件株式の1株当りの券面額は500円であり,年平均配当率は100分の50であった。そこで,右通達の算式に従い計算すると,本件株式の時価は1株当たり2,500円と算定できる。

4  なお,本件株式を,評価通達が他の場合に予定する類似業種比準方式により算定すると1株当たり15,996円となり,また,同じく純資産方式により算定すると1株当たり13,285円となる。

四  被告の主張に対する認否

いずれも認める。

五  原告の反論

1  評価通達は,年平均配当率の算定基準を直前2か年に限定している点,資本還元率を一津に10%としている点,配当金以外の個別事情を全く捨象している点で合理性がない。

2  仮に評価通達の方式で算定するとしても,本件株式は,次の各事情に照らして減額がなされるべきである。

(一) 本件株式は,譲渡に取締役会の承認が必要な譲渡制限株式である。

(二) サンクロレラは,同族会社の株主優遇策及び配当による増資を目的として,昭和46年以降恣意的に高配当を行ってきたものであり,通常の会社の配当理念とは異なる。

(三) 原告はサンクロレラの取締役に就任するにあたり,役員としての体裁を整え,対外的信用を高めるために本件株式を取得したに過ぎず,役員を辞任する時には譲受価額で買い戻す旨の特約がある。

(四) 健康食品は不安定な産業構造であり,サンクロレラは,昭和59年12月期から昭和61年12月期までは3年連続無配である。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1は争う。年平均配当率の基礎となる2年は経験的に定められたものであり,資本還元率の10%は取引相場のない株式の特殊性に応じるものであり,評価方法の画一性は課税の公平のために必要である。

2  同2のうち,譲渡制限株式であること,昭和59年12月期から昭和61年12月期までは3年連続無配であることは認め,その余は否認ないし争う。(一)ないし(四)は,いずれも本件株式の減額要素にはならない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件株式の譲受),2(本件各決定),3(不服申立),被告の主張1(相続税法7条),2(評価通達),3(評価通達の配当還元方式による計算),4(評価通達の他の方式による計算),原告の反論2のうち,本件株式が譲渡制限株式であること,サンクロレラが原告主張のとおり3年連続無配であることは,いずれも当事者間に争いがない。

二  本件訴訟の争点は,要するに,本件株式の昭和57年4月1日における時価が1株当たり2,500円を下回っていたか否かにある。

ところで,取引相場のない株式の評価方法としては,理論的には,①配当還元方式,②収益還元方式,③類似業種比準方式,④純資産方式等があるとされている。そして,評価通達は,これらの厳密な方法に代えて,一定の簡易な算定方式を規定している。そこで,本件株式の時価について,右各方式に従い順次検討することとする。

三  収益還元方式では,将来期待される法人税課税後の1株当たり予測純利益を,資本還元率で除して算定する。

本件についてみるに,いずれも成立に争いのない甲第11ないし第14号証,乙第3,第6ないし第8号証によると,昭和54年12月期から昭和60年12月期までの間におけるサンクロレラの1株当たりの純利益金額は,別紙(二)の「⑦1株当たりの利益金額」欄記載のとおりであると認められ,これに予想純利益を算定するにつき若干の変動要素がありうることを考慮し,資本還元率を最大限に考えたとしても,右で除した結果である本件株式の時価評価額が2,500円を大幅に上回ることは論をまたない(なお,原告の資本還元率に関する主張が採用できないことは,後記六の3のとおりである。)。

四  次に,類似業種比準方式は,類似性の高い業種の株式相場の平均を基準にして,特定の算式により算出する。評価通達は,その一方法を規定する。

本件では,右評価通達の算定方式による,本件株式の昭和57年当時の時価評価額が15,996円であることは,当事者間に争いがない。ところで,評価通達の方法は,成立に争いのない乙第11号証により認められる計算手順,成立に争いのない乙第12号証により認められる各数値を検討してみても,理論的な類似業種比準方式から上方に大きく乖離するとは認められないから,本件株式の時価評価額が類似業種比準方式によっても2,500円を大幅に上回ることは明らかである。

五  さらに,純資産方式としては簿価純資産方式よりも時価純資産方式が妥当であると解されるところ,右方法は1株当たりの時価による純資産額を株式の価額とするものである。評価通達は,この一方法を規定する。

本件では,右評価通達の算定方法による,本件株式の昭和57年当時の時価評価額が13,285円であることは,当事者間に争いがない。そして,評価通達の方法は,前掲乙第11号証により認められる計算手順によれば,資産を相続税評価額により評価換えし,これに伴い生ずる評価益に対する法人税等相当額を控除する方法で算出するものであるところ,サンクロレラについては,資産の帳簿価額が4,363,430,882円とあるのを4,996,831,469円と評価換えして,右控除を行ったものであるから,これが理論的な純資産方式より上方に大きく乖離するとは認められない。したがって,本件株式の時価評価額が純資産方式によっても2,500円を大幅に上回ることは昌らかである。

六  そこで,以上を前提にして,配当還元方式について検討する。

1  配当還元方式は,将来期待される法人税課税後の1株当たり予測配当金額を,資本還元率で除して算定するものである。評価通達が,これに代わる算定方式として別紙(一)の方法を採用しており,これによると本件株式の時価が2,500円と算定されることは,当事者間に争いがない。そこで,以下は本件株式の時価を理論的な配当還元方式により考える。

2  原告は,まず,昭和57年時点における将来の予想配当金額について,右評価通達の採用する従前の実績は参考に価しない旨を主張する。しかしながら,前記争いのない事実,前掲甲第11ないし第14号証,乙第3,第6ないし第8号証,原告本人尋問の結果によると,以下の事実が認められる。① 昭和54年12月期から昭和60年12月期までの配当金額は別紙(二)の「⑧1株当りの配当金額」欄記載のとおりであり,昭和55年12月期から昭和58年12月期まで4期連続して1株当り250円という50%の配当がなされていること,② 昭和57年12月期には加えて20%の記念配当もなされていること,③ その後昭和59年12月期以降3年間はゼロ配当であるものの,この間の各期も別紙(二)の「④利益金額」欄,「⑦1株当りの利益金額」欄記載のとおりの利益があり,これが配当されずに単に別紙(二)の「③純資産額」欄,「⑥1株当りの純資産額」欄記載のとおり留保蓄積されていること,④ サンクロレラが,将来の同社の進展を図るべく特許のクロレラ細胞壁破砕方法の考案者である原告を日商岩井株式会社から引き抜いたのが,この昭和57年であること,以上の事実を認めることができ,右によると,サンクロレラが昭和59年12月期以降現実に配当をとり止めたことが直ちに昭和57年4月の原告の本件株式取得時点における予想配当金額に影響を及ぼすものということはできない。そして,右業績の推移によると,他に特段の事情の窺えない本件においては,かえって右時点における予想配当金額は,従前どおりの1株当たり250円(50%配当)を下らないと推認される。右推認に反する資料はない。

3  原告は,資本還元率についても争うので,この点について判断する。資本還元率は,純粋金利に企業リスクによる危険負担率を加味したものであるところ,その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第2号証によれば,昭和57年4月1日における公定歩合は5.5%,預貯金の各利率は1.75から7.72%であり,かつ,サンクロレラのそのころの経営状況は前記認定のとおりであるから,これらを勘案すると,本件株式の資本還元率は10%を超えるものでないと認めるのが相当である。

4  右によれば,昭和57年4月1日時点の本件株式について,その年間予想配当金額を250円,資本還元率を10%とした評価通達の算定方式は,理論上の配当還元方式からも乖離するものではない。そして,前記のとおり,他の算定方式による時価評価額が2,500円を大幅に上回ることも考え併せると,本件株式の時価は2,500円を下るものではないと認めるのが相当である。

5  なお,原告主張のその余の点について判断する。原告の反論2(一)(譲渡制限)は,そもそも本件株式のような取引相場のない株式の評価について特段の事情として酌むべき要素であるかについて疑問があるうえ,殊に株式の配当に着目する配当還元方式について大きな影響を及ぼす要素とはいえず,同2(二)(配当理念の相違),同2(四)(不安定な産業構造,無配当)は,前記認定のような当時のサンクロレラの状況と展望に照らせば,これらが特別に株式の時価に反映するともいい難く,同2(三)(買戻特約)は,これがために原告の意識としては通常の株式譲受とは異なる面があるとしても,右特約は当事者間の債権契約にすぎず,その客観的な価額において特に考慮に価するものではない。

七  以上の検討によれば,本件株式の昭和57年4月1日時点における時価は,1株当たり2,500円を下回るものでないことは明らかであるから,これを2,500円としてなされた本件各決定は適法である。

八  よつて,本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川口冨男 裁判官 園部秀穂 裁判官 齊木利夫)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例